さて、このページになにを書きましょうか ?

私の日頃頑張らなければならない事。そして弱い心

人間て本当に弱い者なのですが、特に私はもろい一人です。

こんばんはこの画像の中の椅子に一人座って物思いにふけっていました。

毎日精いっぱい努力をかさねているつもりですが、

待てど暮らせど結果は見えてきません。

具体的に何かを期待しているわけではないのですが

ほんの少しは報われることがあっても良いのではと考えていました。

明日こそは気を取り直して頑張ろう。

私は企業家としては失格かもしれません。

なぜなら人のリソースを的確にうまく使っていける自信が全くありません。

その裏には何事も自分の力で、人の手を借りずにやり遂げるという

子供の頃からの信念があったからでした。

大きな結果は決して個人の力でやり遂げられない事は解っていますが、

日常の、「ちょっとそれ持ってきて」の一言が出せないでいました。

自分の力の範囲を誇示しているわけではないのですが

例え離れ小島でも一人で生きていけるというイメージを強く持ち続けていたからでした。

社会人としては かたわですが、そのおかげで

何度も苦境を乗り越えてこられたとも思ています。

問題をはじから片づけていく知恵

日常の身の回りは無数の要素が散乱しています。

通常その大半はすぐに役立たない場面がほとんどで それを取捨選択する事が

快適な生活につながるのはわかっていますが、

私の場合あまりにも散乱した要素が多く

片づけを先延ばしにしていたのですが

気持ちもだいぶ行き詰まってきて 改善対策を考えるようになりました。

どこから手を付けるべきか迷ってしまいますが

それを選ぶ暇があったら目の前のみじかなことから少しづつ手をつtけていけばよいのです。

この当たり前の発想が通常なかなか持てないのは

焦る気持ちが先にたってしまうからで

ここで一呼吸をする事が何とも大切な事ではないでしょうか。

私は我慢強いはずだったのに

子供の頃は親が認めた我慢強い人間でした。

5,6歳の頃アデノイドの手術をし全身麻酔でないのにその最中じっと耐え抜いたことが

評価されたのでした。

そしてほとんど何事にも文句も言わない人子供でした。

大人になってからもそのことを自負し、

でも時にはそれを思い出すことによって苦難を耐え抜いてきました。

めっきり歳を取って最近自分中での不平不満が充満してきましたが

それでも表面に見せる事はあまりせず、

ただ耐え抜くことが美徳と考えたからではありませんが

周りの人に迷惑をかけるのが嫌だったからです。

そんな毎日を送っている内に残り少ない命を思い、

今やれる贅沢は心置きなくやってしまおうとするようになりました。

贅沢と言っても自分の好物を率先して食べるとかやりたい事や言いたいことを

抑えずに実施することくらいの話です。

毎日が解き放されたような気持ちで過ごしていますが、

ふとこれで良かったのかと立ち止まって考えるようになりました。

やっぱり怠惰な人間は嫌いです。

それで日々の行いを躊躇するようならもっと漸進的な行動はできないかと

努力目標を模索しています。

今できる事はパソコンに向かう事とベットの場所を往復することくらいですが、

携えた思いをこうして書き残すようになりました。

作文は昔から苦手でしたが手を動かしてみると

内容が次から次へ出てくるものだと感心しています。

弱い心の内をさらけ出すことは、恥ずかしい事ではないと思っています。

本来人は弱い者なのですから。

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