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人間て なんだ?

なぜ このようなページを追加したかというと、

プロダクトデザインを行うにあたってこの問題を避けては通れないからです。

私は半世紀以上プロダクトデザインを行った来ましたが、

この問題を改めて検証したことはありませんでした。

もちろん一般常識程度の事は過去の仕事でも考慮してきたつもりですが 

最近この問題の奥の深さをつくずく感じてしまいました。

​じっくり考えると哲学をマスターしないと論じられないのかもしれないのですが、

軽く日頃から感じていたことをこの場所に書きためてみたいと思います。

今日思いついた事は、人はなぜ物に執着するのだろうという疑問でした。

私もごたぶんにもれず物に執着し、気が付いてみれば自分の周りに物があふれていました。

寄る歳を考えそろそろ身辺整理などしなくてはと思い始め、ふと気が付いたことは

最近新しく物を手にすることにほとんど魅力を感じなくなっていました。

物が欲しいという事は用途の必要に迫られた事情と同時にまだ見ぬ

未経験の事柄を手にしたいという事でもあるのでしょう。

人は長い歴史の中で道具を発案し使いこなしてきました。

このことは動物として人に与えられた特徴といえるのかも知れません。そして向上心のなせる業なのでしょう。

歳をとるとそのような前向きな気持ちも薄れてくるのかと悲しく考えることもありましたが、

何か違うような気もして 改めてその問題を考えてみたくなりました。

さて、物を持ちたいという欲望は何処から来るのでしょうか。

一番には用途の必要に迫られて、つまりいかに便利な生活を手にしたいかの欲求です。

楽で手っ取り早く欲求が満たされれば 大概の場合これで良しとするのでしょう。

次に考えられるのが、未経験の状態環境に接したい欲求です。

それを手にできたらどんな気持ちになるか生活はどのように変わるのかの期待が込められます。

第三は他人との競争心そこから生まれる優越感を期待してしまうのです。

弱肉強食は生命の根源ですからあながち悪い事とも言い切れません。

ただ十分な環境に置かれている自分の立場をわすれて

必要以上の競争心を掻き立てられるのはいかがなものでしょうか。

物の所有欲はこれらが原因で生まれてくるのだと思います。

いずれもあながち悪い事とは言い切れませんが、

時には全く別の方向から現実を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

時に生活を見直すことは生き方の整理にもつながり理想的な環境を見つけられるかもしれません。

難しい事はさて置き、物は単独では存在の意味をなさず。

他との関係 特に人の気持ちを無視することはできないのです。

流行、豪華さ、持つ優越感を無視する事は人そのものを無視する事につながります。

合理的で無駄のない外観は、その事のみで価値を生み出す訳ではでなく 

人が接っして満足感を得られる事が絶対の条件です。

​つまり工業技術をいかに適正に取り入れるかと同時に、

人とは何ぞや を常に発想の中心に置かねばなりません。

製作物の種類によって、そのバランスは一見違うように思えますが実はそうではありません。

例えば実用一点張りと思われる重機とスポーツカーデザインの違いの無いことに

気付く人は少ない事でしょう。

私の現在の気持ちをご紹介します。

前にも書いたように今ではほとんどほしいものが見当たらなくなってしまいました。

どこかへ出かけてきらびやかなショッピングウインドウを眺めても

全くと言ってよいほど購買意欲は沸いてこないのです。

今まで、すべての欲しいものを手に入れつくして身の回りが飽和状態になってしまったのでしょうか? 

そのような大それたことはありません。

第一私は裕福な家庭に暮らしていませんから。

年齢を重ねるごとに新しい環境になじめなくなってしまったことが正直な種明かしです。

決して褒められたことはありませんが、生活環境と一個の物のつながりは厳密なことがわかってきました。

改めて物は個では存在意味を持たないことを理解していただきたいのです。

お店で販売されている商品の価値魅力を少し掘り下げてみましょう。

対価に見合った存在価値を有しなければなりませんがお金が内包している力はいったい何だと思いますか?

 一般に労働又は個人的な努力の対価として手元に残るものです。

自分が汗水たらした結果と見合う価値観、便利さ、持つ優越感を感じるものでなければ

適切な販売価格を持っている商品とは言えません。

人の生活は商品を含めたすべての環境とバランスの取れていることを要求します。

環境と一商品は切っても切れない関係にある所以です。

人には個人差というものがあり、好みの違いやできることにも千差万別な差が存在します。

その平均を見つけ多くの商品開発がなされてきましたが、

上と下が切り捨てられてしまった要求に対し 万民が満足できるはずがありません。

現在ではニッチな要求を拾い集めて商品開発を見直す動きが盛んになりました。

当然プロダクトデザインにおいても、

対人間に対する使用条件を個々に追求していかなければならない時代に入っているのだと感じています。

人間の感覚、感受性はその多くを経験値から蓄えていくのでしょう。

人種の違い地域の格差から多種多様な結果が生まれてくる前提を改めて見つめ直さなければなりません。

今回は流行と物を持つ優越感に付いて考えてみたいと思います。

流行が巻き起こる原因は多くの人が共感し、

他人の動きを気にしながらアイテムを他に勧めることから起こります。

多くの人が満足できるのだからそれに乗ることは一理ありますが 

自分を見失ってしまう危険が潜んでいることを忘れてはなりません。

あえて流行に乗らず自分の個性を主張する人種も増えてきましたが

まだまだ他人を気にする気持ちは多くの人をとらえています。

「横断歩道、みんなで渡れば怖くない」そんな言葉がはやった時期もあるように他に同調したい気持ちは

少なからずだれもが持っているはずです。

人は何かに寄り添っていかなければ生きていけない動物だからです。

商品を企画する時 この現象を何とか捕らえて成功を収めようとします。

多くの人が共感する事は多くの目にかなうと考えるからでしょう。

一般に利益を追求する商品作りはこれで良いとするのですが、

果たしてそのような考えで生み出されたものが本当に良い製品と言えるのでしょうか。

人間は時々間違って大きなミスに気付かずその方向へ流れてしまうことがあるのです。

もっともよい例が戦争を起こしてしまう原因がそこにあるからです。

プロダクトデザイナーとして流行を意識し利用とする場合は、常に慎重な目を持たなければなりません。

物を持つ優越感に付いては紙面が厳しくなったので次回のテーマに回すことにします。

前回書ききれなかった物を持つ優越感に付いて考えてみます。

 

人は弱肉強食の動物ですから、他人より少しでも力を付けたいと思います。

物を増やす事は自分の力を増強すと勘違いをしてしまう場合が多く、

増やす事だけで安心してしまうのでしょう。

もう一つはステータスシンボルと物を重ね合わせてしまう事です。

他人は持っていない、またはより優れた機能や価値観によって他人と差別する気持ちを満たします。

より強い人間になったと思い込んでしまいます。

商品開発はその気持ちを利用して購買欲をくすぐる手法が良く使われています。

客観的に考えればあまり好ましくない手法と言えますが、

表立った害を即他人に与えるわけではありませんから

通常は容認されているのでしょう。

人の気持ちは千差万別で個々を推し量ることは不可能に近く 

従って商品開発を行う時趣向の平均値を見出そうとする事もやむおえませんが、

商品開発者はここでひと頑張りして一歩進んだ考え方や機能を見出す努力を行うべきではないでしょうか。

高級感と言われる物

商品開発を行う時、真っ先に挙げられるのが「高級感がある事」ではないでしょうか。

ところで高級感とはどのような事で、なぜ絶対の必要条件に挙げられるのでしょうか。

商品は人目に止まって大量販売が実現しなければならない性質を持っています。

高価と思われるものは誰しもが、良い物と錯覚されあこがれの的となってしまいます。

一般に高級感と高価なものの感覚は一致しているのです。

果たしてそうでしょうか?このような疑問を持つのはデザイナーばかりではないはずです。

私もそのように考える一人です。

身の回りでとても役にたつ道具と高価な商品はどうしても一致しない場合に何度も巡り合ってきました。

今はやりの100円ショップで見つけた目的に完全にフィットするものが

どうしても高級感があるとは思えないのです。

使用目的に完全にフィットするものは確実な満足感につながります。

大量販売を目的とする商品の性質はそのようなところに目を向けてはいけないのでしょうか。

商品が高価でないとなかなか販売実績を上げることができません。

そこで考えてみました。

近年なぜ100円ショップ商売なるものが急激に反映してきたかを。

そこを訪れて私もついつい予定外のいろいろなものに目が向き 気が付くと数千円以上の買い物を行っており、

他の周りの人を見渡しても同様の結果を多く見てしまいます。

商品開発に於いて、絶対の条件のように言われてきた「高級感」に付いて、

考え方を変えるチャンスが来たのではないでしょうか。

高価なもの、価格と商品の満足感は必ずしも一致しないのです。

満足できるものは販売実績を上げることができ、そうでないものは自然とお蔵入りになるのです。

結論は満足できる商品を開発する事ですが、

その満足感をどこに求めるかを慎重に見極めなければなりません。

最も単純な解決策は、存在目的、使用目的に完全フィットする商品開発をすることです。

その時「高級感」ばかりにとりつかれてはなりません。

良い製品は自然と機能に見合った価格が設定され、

誰が言わなくてもヒット商品に押し上げられていくのです。

高級車と軽自動車

やっぱり高級車と言われるもののオーナーになってみたいですね。私はそのようには思いませんけど。

何を以て高級車と呼ぶのでしょう。

価格が高い、ブランドものだから、排気量が大きく力があってスピードがでる。

スタイリング抜群の優等生。そうしたものにあこがれるのはごく普通の成り行きです

。しかし考えてみてください。

自分の家の車庫が小さくて家族数も少なく高いガソリン、もろもろの維持費がかかる大食いを、

私の身でどうしてほしいと思うのでしょう。

性能にはもろもろの目的に適した値があります。

オーバースペックはかえって持つことにつらさを伴います。

「身の丈を考えて」昔の人は実に良いことを言ったものでした。

貧乏人の負け惜しみではありません。

すべての物には適切という値がある事をもう一度考え直してみましょう。

商品開発を行う時もまったく同じ問題を論じなければなりません。

用途にはまった商品がどうして失敗を恐れる必要があるでしょうか。

目先にとらわれて背伸びしたが故に目的を見誤ったら目も当てられませんから。

一級品の条件

一級品の定義は、一言でいえば存在目的に完全に適合し他の追従を許さない物。

どんな開発商品もこれを目指すのは間違いない事ですが、さて何処から手を付けてよいか迷ってしまいます。

最も手っ取り早い方法は開発商品の存在目的にいかにして近づけるかを探る事ではないでしょうか。

一見当たり前に感じますが、

大概の場合使用目的を意識しながらも横道にそれて付帯機能を目の色変えて探し求めてしまうのです。

その代表が豪華さ、高そうに見える方法の追及に通やしてしまいます。

他との競争力を確保したいがためなのでしょう。

その努力を本来の目的に充てたら一級品に育て上げる最も近道だと考えています。

私自身一級品の製品を手にしたいと思っていますが、

豪華で見栄えのするアイテムを探し求めることはありません。

目的に完全に適合する開発商品は巷に少なく、

高額を払っても多くの人はそれを探し求めようとするのです。

でもしっかりものを見つめると 意外なことに100円ショップに並んでいる中に

それを見つけることがあるのですから。

一級品と言われるブランド物を考えてみると、

どこかにその条件を満たせるから大衆に認められ名前と仕様を残すことができるのです。

個人差

人には個人差があって当然です。

だから各個人の存在が尊重されるべきなのでしょう。

同じ顔を持つ人ばかりがいたら気持ち悪いだけでなく現実に困ってしまいます。

この差の存在は素晴らしい事だと思っています。

商品開発をする時、一般にはいかに多く売れるか、多くの人に共感を持ってくれるかを真剣に考えます。

相手が皆同じ考え方ならおそらく答えは簡単に導き出されるでしょうが。

一つの物の見方に対しても、正反対の評価がなされることも珍しくありません。

それなら何をターゲットに製品開発を組み立てていけば良いか。それが今回の本題です。

​志向の平均値を探す事、これが一般的な方法なのかもしれませんがあまりにも無責任なように思えます。

第一平均値が求められるかに付いて疑問を感じます。

千差万別な考え方が存在するのですから。

それに予想から外れてしまった多くのユーザーに対しどのように弁解したらよいのでしょう。

このような場合商品開発者の意思、

志向を明確にしてそれを解りやすくアピールすればよいのではないでしょうか。

選ぶ人には自由がありますから共感できる人が多ければ多いほど大量の商品がさばけるはずです。

バランス論

このサイトの最終目的、今回は本題の「グローバル バランス」、

中でもどのようにしたらバランスをとることができるかを探ってみたいと思います。

人がまっすぐに歩行できるのは自分自身の体制を何らかの方法でバランスをとっているためですが、

中でも視覚から得る情報は大変大きい事でしょう。

物のバランスをとるには何らかの比較する要素を見つけなければなりません。

通常は身の回りにある無限の要素を比較検証しなくてはならないのですが、

実際にはある二つの要素を導き出し比較することが現実的だと考えます。

導き出すべき比較要素は適切なものを見つけなければなりません。

プロダクトデザインに於いてその対象は物質的な形を代表とする要素ばかりでなく、

その成り立ちや用途、成立するため周囲の関連条件等多岐に目を向けることを忘れてはならないのです。

難しそうに思えますが、バランス対象を見つけさえすれば、

経験と勘を生かして大概判断に苦しむことは少ないでしょう。

つまりバランス対象を適切に選ぶことが大変重要になります。

このあたりの条件設定を確実に見いだせるのがプロのプロダクトデザイナーの条件だと考えています。

統一感に付いて

考え方の最終目的に近づいてきました。

今回はバランスを考える上で統一感をどのようにコントロールするかを考えてみたいと思います。

ちぐはぐな統一感の無い世界を想像するだけで、身の毛もよだちます。

しかし現状の世界を見渡すと貴方はどのように感じられますか?

私にはやらなければならないことがありすぎるように思えて心ががつぶされそうになってしまいます。

バランスと共にあらゆるものの統一感を考えることがプロダクトデザイナーの役目です。

ここで勘違いしてほしくない事は、全体の統一感を得る事はすべてを同一の仕様にして行くことではありません。

むしろ各々の特徴を生かした個性的な力を持つ事が肝要です。

その大切さの例を探せば、大自然の成り立ちに注目すれば簡単に答えを見つけることができます。

近年自然保護があちらこちらで騒がれだしましたが、

それを傷つかせてはいけない危険にやっと気付いたからだと思います。

ダウインに代表される進化論を紐解いてみれば

自然の流れの何と整然とした成り立ちを見つけることができるでしょう。

これが自然を構成する統一感なのです。

プロダクトデザイナーはその思いを大切に日々の仕事に励まなければなりません。

上に置いた Key アイコン  をクリックすると、違った世界が開けるかもしれません。

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