墓参り

高齢者になると墓が恋しくなるという話ではありません。

昨日は娘一家と久々に墓参りをしてきました。

都内にあるので、その場所へ行きつくまでひと騒ぎで

しかし充実した一日を送る事ができました。

今回はいろいろな側面を考えてみたいと思います。

まずはお墓というものに付いて。

言わずと知れた亡くなった方を葬る場所で、

家族や親しい人の眠る場所を明確に位置付けるツールです。

私自身は人がなくなりお墓に収まると

その場所へ出向くことはめったにありません。

墓石の前で手を合わせるよりも、自分の心の中に収めた思い出を

大切にしているからです。

大好きで、その人なしには生きられないと思っていた母親の面影も

父の家族に対する深い思いやりも大切に閉じ込めているからです。

常に私と一緒に居る感覚です。

今回の墓参りは桜の花も咲きそろったのどかな一日となりました。

孫たちには初めて訪れた場所です。

どんな思いで、手を合わせたのでしょう。

私もこの場所で眠るのだから。と話してみたものの合点がいかないようでした。

昼時だったので皆で食事を済ませ、年寄夫婦と娘一家とその場所で

それぞれの道に分かれました。

孫たちに心ばかりの、雀の涙ほどのお小遣いを配って見送りましたが

時代の流れを痛切に感じてしまいました。

墓地というものは、死者の為にあるのでなく 後に残された悲しみを背負った

家族や親しい人の為の記念碑だと考えています。

自分たちの死後の居場所として理解してもらうのでなく、楽しく過ごした

日々を思い出すツールとして感じてほしいと願っています。

普段は考えなかった、残り少なくなった人生を意識する一日となりました。

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希望
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