本物と偽物

二面性のある事柄を皆さんはどのようにしてこれらを見分けていますか。

使ってみればすぐわかる。

じっくりと観察すれば見分けられる。

でも物や事柄にはほとんど全て裏表があるのではないかと思います。

端的な例が、対象物を見る人や条件によって

全く違った姿を現すからです。場合によっては正反対の。

独りよがりの人には それを見抜く手段が全くありません。

だから自分だけに閉じこもらず

広い心を常に持ち続ける必要があると考えます。

時に自分が正しいと思う信念を

時々見直す必要があるのではないでしょうか。

毎日の生活が知らぬ間に思いもよらぬ方向へ流れて行ってしまう

危険性を素早く察知すべきです。

人を信ずるのみのお人よしの私は

世の中には絶対の悪人はいないと固く信じてきましたが

毎日のニュースに接している内に

だんだん本心が揺らぎ、疑う事の大切さを考えざるを得なくなりました。

何が本物で、その他が偽物なのか?

裁判官は数々の試練に耐えて司法試験に合格し

修羅場を数知れず踏んで、やっと他人を裁く事ができるようになるのですが

それでも人には絶対という事が当てはまらす、

やり直し裁判と言う事だって起こっているではありませんか。

正反対の結果が出ることだって珍しくありません。

ところで何が本物、又は偽物と見抜く手段を

皆さんはどのように考えておられるでしょう。

一般には積み重ねた経験をもとに どちらかの可能性を

探しているだけなのかもしれません。

実は人間社会全体が

このあやふやな判断によって築かれている事を

時には掘り下げてみたいと思っています。

自由主義、社会主義だと世界は二分していますが

そのような事を考える前に

どの様にしたら日常の生活を悔いなく送れるかを

もっと目の前の判断が的確に行える方法に取り組むべきだと思います。

全ての事柄を疑ってかかる方法が

一番安全なのかもしれませんが、

それを繰り返していて理想的な社会が実現するのでしょうか。

見抜く力は、自分を信ずる事ができる場合にだけ

存在すると考えます。

自分が信じられるだけのまっとうな生活を心がけなければなりません。

毎日の小さな努力だけでもその状態に向かえる事を

全体が気が付かなければならないのです。

対話

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